市川いちご園

blog

ブログ・お知らせ

秩父のいちご「あまりん」「かおりん」ー秩父【市川いちご園】秩父 いちご 市川いちご園

今日は、創業者である祖父の命日でした。何年経つのか忘れてしまうくらい頭の中は、イチゴの事でいっぱいですが辛うじて命日だけは忘れずにおります。祖父の事を思い出すと、なんでしょう…。とりあえず質はともかくなんでも器用にこなす人でした。「せやぁねぇ」が口癖である意味テキトーな人でした。数年前の大雪で潰れてしまいましたが、露路栽培から施設栽培を始める時に作ったハウスは祖母と2人で、お手伝いさんの手をお借りして鉄骨を組んだと話してました。大雪で潰れたハウスを見て、涙ぐんで立ち尽くして居たと聞きその想いは、ハウスも屋号も、ある物を受け継いだ自分には推し量る事が出来ません。今のようにハウスの向きも陽当たりを考えたりしないでとりあえず空いてる土地に建ててあり、新しい技術が広まるとツギハギのように付け足して来たりした古いハウスなので、いざ最新の技術を導入しようとしても、機械を置くスペースが無かったり、作業効率が悪かったり、なんでこんな所にハウスを建てたんだよと、文句を言う自分もおります。まぁ、色々とあった人ですが祖父がイチゴ栽培を始めて居なければ今はなく、尊敬は父親への想いが強いので文句を言いつつ感謝と言う言葉が当てはまるかと思います。最近、仕事の面で色々とありまして、振り返る時間とお墓参りに来る身内の応対で、お店は臨時休園とさせていただきご来園いただいたお客さまにご迷惑をお掛けいたしました。


農家のうち、先代から引き継いだ方。新規就農された方。色々と境遇があるかと思います。前者の方の方が多いかな?と思いますが、それぞれ色んな意味でいい事も悪い事もあるかと思います。私は、前者の方で、長男家業を継ぐべし!と言う江戸時代かい!と言う未成年時代を過ごし、中学生の頃から収穫をしたり、当時は今のように機械制御のハウスもありましたが、保温カーテンや換気など朝晩手動で開け閉めをしているハウスもありました。。冬休みは格好の労働力で、嫌で嫌で声が掛かりそうになると、身を潜めてやり過ごしていた思い出があります。ただ、携わっただけならこの道30年のベテラン組の1年生かもしれません。本筋のベテランの方のように経験も技術もなく、ただの30年で実際は事業承継してからの5年間で玄米が少し剥がれた新米一年生です。先程登場した祖父からは、「農家はスローライフでいいよ」と甘い誘惑を受け家業を継ごうと思いましたが、じいさんどこで覚えたその甘い誘惑ワード…。と言わんばかり、実際やはりハードですね。ただ、そのハードさは、楽と思うか苦と思うかは自分次第で、もー、イチゴ農家辞めたいと思っても、明日も美味しいイチゴを作りたい!と思えるうちは苦労も明日への糧となっていると思います。

さてさて、ここまでは饅頭の皮の部分で餡子はここからです。私自身、自分の作るイチゴを美味しいとは思っておりません。イチゴを作る事に関しては下手だと自負しております。実際の食味はお客さま方の感想によりますが、美味しくないテキトーなイチゴを販売しているつもりはありませんので、誤解なきようお願いいたします。美味しいイチゴを作りたい!と努力もしていますが、中々実を結んでおりません。なぜ、自分の作ったイチゴを美味しと思って居ないかと言えば、思ってはいけないと考えているからです。思ってしまっては、そこで自分のイチゴ農家としての成長も止まり、キャリアは終わると思っています。このイチゴより明日はもっとイチゴを作ろう。と言う、カッコよく言えばあくなき探究心。悪く言えば素直じゃない。のだと思います。自信を持ってしまうと、それで終わりで足元から崩れてしまうのではないかと不安になり、自信を持つ事が怖いのかもしれませんが、自らを信じて常に前進しなくてはと思います。生まれた時から将軍じゃ!と残した、某三代がおりましたが、私も三代目。生まれた時からイチゴ農家(になる予定)でしたので、同年代の方たちの中ではイチゴの摂取量は多いと思います。身体を構成しているのははほぼイチゴかもしれません。私の血の赤さはイチゴの赤さかもですね。すると、なんと言う事でしょう!見事に成長した大きな私が誕生いたしました。今も、朝畑に行くとまあまあの量を食べます。毎日、畝毎に品種毎に。それを販売に回せばいいのにと思いますが、やはりチェックは必要だと思っており、大事な朝のルーティンです。幸せな。と思う方もいらっしゃるかと思いますが、シーズン中、毎日だと飽きます。正直、そろそろの時期はイチゴを見たくない日も…。横道ばかりにズレると、話の餡子が小豆に戻りそうなので本筋に…。私の美味しいと思うイチゴは、最近の流行りの砂糖をかけた様な甘さではありません。甘さの中に酸味もあり、その酸味は突き刺さる酸味ではなく、程よい酸味であり鼻に抜ける香りと余韻を持つイチゴです。数年前は栽培していましたが、「もういっこ」と言う品種があり、もういっこ食べたくなるイチゴ。これが私が目指すイチゴです。

イチゴ本来の特徴を、うまく引き出してあげたい。そう思います。

そこで、ただ甘いだけのイチゴがもう一粒食べたいと思えるのでしょうか。スイカに塩をかけて食べる。夏の塩分摂取も期待しての事もあるかと思いますが、甘味を引き立たせている部分もあると思います。イチゴにとって酸味とは甘さを引き立たせる影の立役者です。当然、突き抜ける酸味は好まれませんが、程よい酸味は、必要だと思っています。当然、時代に逆行していると思っているので、お客さまのご批判も、時にはお客さまを失う事もあるかもしれません。ですが、私はイチゴ農家です。ただの甘い赤い食べ物ではなく、美味しいイチゴをお届けしたいと思っています。出来てないじゃん。まずいじゃん。とご評価をいただく事もあると思いますし、実際にいただきました。今年は特に何をやってもダメで、厳しいご評価をいただいた日には、夜も眠れず3月1日から販売を辞めて、出荷だけにしようと思っていました。ここまでも、その日以外にも生育が悪く、何度も株を引っこ抜き今シーズンは諦めようと思った日もありました。でもね、イチゴの株も実も、親となる株は一昨年の秋から面倒を見てきて、苗は暑い夏を一緒に乗り越えて1本1本手で植えた、2回目のカッコいいワードです。自分の子供に等しい存在です。自分の管理が下手で、美味しいイチゴにしてあげられなかった。それで、命を断つ事は出来ませんでした。今シーズンは、何度も実を全部捨てようと思いましたが、出来なかったです。そこが自分の弱さだと思うので、その結果が厳しいご評価となってしまったと深く反省しています。そんな、出荷だけにしようと決意を決めようとして居た翌日、お客さまからお電話でお問い合わせをいただき、いちごのご注文のお電話であまり状態が良くないのですがとお伝えしたところ、「おたくのは美味しいから大丈夫」とお言葉をいただき、お電話を切った後涙が出てしまいました。それは、感謝であり、申し訳なさであり、スイカにかける塩の様な塩っぱさはありませんでしたが、なんとか立て直そうと思うには十二分のお言葉でした。販売したら終わりではなく、パックに詰める時も食べていただく時に笑顔になっていただきたい想いを込めて、イチゴの紅さは、イチゴ農家の情熱の色と思い、もう一度トライしようと思っております。私自身、人に感動と喜びを持っていただける機会を得る仕事ができる事、「じいさん、先見の明は大当たりだと報告しておきました」正直、辞めたいと思う時もあります。でも、こんな仕事中々ないとおもっており、後何回、イチゴの苗を育てて、植え付けをして収穫して販売出来るシーズンを過ごせるかわかりませんが、いつか美味しいと思えるイチゴを、そう思ってもいいイチゴを作れる日を迎えられるように。多分今夜もソファーで寝落ちします。イチゴのシーズンは、ベットは猫専用です。

追伸 市川いちご園の公式マスコットキャラのいちクマくんですが、多くの方にサポートしていただき、この度約半年ちょいかかりましたが商標を得ることが出来ました。ご報告まで。